ほのかな願いを青雲に託して

坂道を登ると息切れする。時に脚を止めて深呼吸すると、眼は単調な小石混ざり土色坂道から離れて、青い天と輝く一朶の白い雲に向く。すると心がときめき、また元気が出る。
 明治維新後の日本を支えてきた一つの力として、それを愛媛県松山市に求めた司馬遼太郎は、兄の秋山好古中将(日本陸軍騎兵の創設者、奉天大会戦を勝利に導いた参謀)及び、その友人の正岡子規(近代俳句の創設者)について長大な物語を纏められた。
 作者は、これらの人々人生途上に「坂の上の雲」を見て発奮し努力したに違いないと考えられて、この題名を決められものと想像が逞しうされる。
 青い空と白い雲は短縮して文字にすると、色では青白、形では空雲となるが、前者は青白い青年が連想され、後者は層の名前ともとられる。
 交差して並べてみると、空白もまたカラッポでいい感じではない。どうしても”青雲”こそが活き活きとして語路もよく、私共に親しく語りかけてくる事を遥か遠くから知っている。その上「青雲の志」を思い起こさせる。そして青雲に浮かぶ白雲は、希望と無限の可能性を現している。
 この青雲こそは小松3番目のライオンズクラブにふさわしく、私共メンバーの魂にも似ている。
 命名依って件の如し。

「2017-2018年度クラブスローガン」

【思いやりと感謝の気持ちで、拡げよう奉仕の輪】

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